はじめに
こんにちは!2025年9月3日から2025年9月30日まで株式会社ヤプリのデータサイエンス室にインターンとして参加させていただきました、東北大学大学院情報科学研究科修士1年の髙橋翼です。私は普段仙台市にいるため、今回のインターンは基本的にフルリモートで勤務しました。
ヤプリは「ノーコードでアプリ開発を可能にするプラットフォーム」を提供し、企業や自治体のDXを支援している会社です。プロダクトの成長を支えるためには、ユーザーの行動を理解し、より良い体験を設計していくことが欠かせません。
今回のインターンでは、その一環として プッシュ通知を分析 するテーマに取り組みました。通知がユーザーにとって「有益」になるのか「ノイズ」になるのかをデータで探り、分析のプロセスを通じて多くの学びを得ました。本記事では、ヤプリという会社がどんな取り組みをしているのか、私がインターンで経験したこと、そしてそこから得られた学びについて紹介します。
ヤプリとは
速く、自由に、進化する。ノーコードNo.1のアプリ開発プラットフォーム「Yappli」は、自社アプリで企業のさまざまなビジネス課題を解決するデジタルエクスペリエンスプラットフォームです。ノーコードでアプリ開発・運用・分析ができ、導入数は約900アプリを超え、店舗やECのマーケティング支援、社内コミュニケーションを刷新する社内DX、自治体や学校法人など幅広い分野で企業とユーザーの繋がりを深めるために活用されています。
また、ヤプリは単なる「アプリ制作ツール」ではなく、
- 顧客やユーザーとの接点を強化するマーケティング支援
- 企業や自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進
- アプリを軸にしたデータ活用とグロース支援
といった幅広い領域に取り組んでいます。
今回私が参加したデータサイエンス室も、そのプロダクト成長をデータの側面から支える役割を担っています。
ヤプリのインターンに参加した経緯
私は大学院でデータサイエンスや機械学習を研究しており、これまでに教育や医療といった領域での応用に関心を持ってきました。その中で「データをどう事業やユーザー体験に活かせるか」を学べる環境を探していました。
インターンに参加したきっかけは、就職活動で利用していたサイトで、データサイエンス室の室長である阿部さんに声をかけていただいたことです。カジュアル面談を通じて、ヤプリの事業や取り組みを詳しく知ることができました。
特に心を惹かれたのは、ヤプリで作られている数多くのアプリを通して得られるデータを活用し、エンドユーザーに直接価値を届けられる点です。単なるデータ分析にとどまらず、プロダクトやサービスを通じてユーザー体験を改善できるという話に大きな魅力を感じました。さらに、既存事業だけでなく新規事業にも積極的に取り組んでいる点からも、成長性と挑戦できる環境があると実感しました。
実際に参加してみて、データを扱う難しさと同時に、数値がユーザー体験や事業成長に直結する面白さを強く実感しました。 短い期間でしたが、実務に近い課題に挑戦し、多くの学びを得ることができたのは大きな財産です。
このような貴重な機会をくださったデータサイエンス室のみなさん、そして温かく受け入れてくださったヤプリの社員のみなさんに心から感謝しています。
インターンで取り組んだこと
今回のインターンでは、アプリの成長指標のひとつである F2転換率 に着目し、 その改善に向けて「プッシュ通知の分析」をテーマに取り組みました。
ここでいう F2転換率とは、ユーザーがアプリで初回購入をした後、一定期間内に2回目の購入を行う割合を指します。 アプリの継続利用やLTV(顧客生涯価値)に直結する重要な指標のひとつです。
背景
インターン期間中、アプリマーケティング(AM)室の方にお話を伺う機会がありました。AM室とは、AppGrowthやダウンロード強化などアプリの成長のために働いてくれている部署になります。その中で、クライアントが F2転換率の低さを課題として強く意識している ことを知りました。
さらに、プッシュ通知はユーザー行動を促す有力な手段である一方で、 内容や送り方によっては「ノイズ」になり、かえってユーザー体験を損ねてしまう可能性 があるとの指摘もありました。
また、このテーマを進めるにあたり強く感じたのが、ヤプリの組織としての良さです。 データサイエンス室だけで完結するのではなく、AM室や開発本部など他部署と連携しながら課題解決に取り組む文化があり、 実際にインターンの私も部署を越えて話を聞きながら学びを深めることができました。
こうした背景を踏まえ、今回のインターンでは 「どのようなプッシュ通知がF2転換率の改善につながるのか」を明らかにすることを目的に分析を進めました。
アプローチ
今回の分析では、クライアントの課題となっていた F2転換率の改善 に向けて、 プッシュ通知がどのように影響しているのかを整理することを目的にしました。
そのために、通知ログをもとにデータを整え、通知ごとの特徴を数値化し、F2転換率との関係を比較することで、どんな通知が効果につながりやすいかを検討しました。
この流れに沿って、以降のセクションで「データ準備」「特徴量エンジニアリング」「分析結果」の詳細を紹介します。
データ準備
今回の分析では、Google Cloud が提供するデータ分析基盤 BigQuery を用いてプッシュ通知ログを抽出しました。 BigQueryは、クラウド上で大量のデータに対してSQLを書くだけで高速に処理できる仕組みで、 実務データの分析では広く利用されているツールです。
私自身、BigQueryを触るのは初めてで、これまで授業や課題でSQLを書く機会はあったものの、 ローデータから使える形に整形することや、大量の実務データを意味から理解して整理すること は初めての経験でした。
最初はどのカラムが何を表しているのか、どのように結合・集計すればよいのかを掴むのに時間がかかり、まさに「データと仲良くなる」プロセスが必要でした。 その際には、AMの方やデータサイエンス室の方に「この項目はクライアントにとってどういう意味を持つのか」を教えていただいたり、既存のドキュメントやクエリ例を読み込んで理解を深めたりすることで、少しずつ全体像を掴んでいきました。
こうした試行錯誤を経て、Pythonでの前処理に進みました。具体的には、通知文言の正規化(改行や全角・半角の統一)、配信時刻の変換、通知ごとの開封率や詳細率の算出といった整形を行い、分析に使える形式へとまとめました。
実際に正規化を行なったコードは以下の通りです。
ZEN2HAN_MAP = str.maketrans({ "0":"0","1":"1","2":"2","3":"3","4":"4","5":"5","6":"6","7":"7","8":"8","9":"9", ",":",",".":".","%":"%","¥":"¥","!":"!","-":"-","〜":"~","/":"/",":":":" }) DATE_SLASH = r"[((【『〈《≪]?\s*\d{1,2}\s*/\s*\d{1,2}\s*[))】』〉》≫]?"
特徴量エンジニアリング
分析を行うにあたり、通知の特徴を数値化する「特徴量エンジニアリング」を行いました。特徴量エンジニアリングとは、データから分析やモデルに使えるような指標(特徴)を作り出す作業のことです。単なる生データでは比較が難しいため、この工程を通じて「どういう通知か」を定量的に表現できるようにしました。
今回生成した主な特徴量は以下の通りです。
(1)通知文言の長さ
→ 文言の文字数をカウントし、短い/中くらい/長いに分類。(2)割引ワードの有無
→ 「%OFF」「割引」「クーポン」など販促系ワードが含まれているかをフラグ化。(3)時間帯
→ 配信時刻を朝・昼・夜の3つに分類。(4)配信グループ
→ A〜Gの配信単位で分類。
これらの特徴量を用いることで、通知の持つ性質とF2転換率との関係を体系的に整理することが可能になりました。また、実際に処理を進める中では、文言に含まれる全角・半角の混在や改行を正規表現で整える必要があったり、割引ワードの表現ゆれ(例:「10%OFF」「10%オフ」「割引中!」など)に対応するルール作りを工夫する場面もありました。こうした前処理を積み重ねることで、ようやく分析可能なデータに仕上げることができました。
分析結果
今回の分析では、通知に関連する以下の2つの指標を用いました。 データはアプリで医療機器の販売を行っているクライアントさんのものを使用しております。
開封F2率
通知をタップしてアプリに遷移したユーザーのうち、その後24時間以内に2回目購入(F2)へ至った割合。詳細F2率
通知からアプリ内の詳細画面に遷移したユーザーのうち、その後24時間以内にF2へ至った割合。
全体の平均値を基準に比較したところ、
- 開封F2率の平均は 9.9%
- 詳細F2率の平均は 18.8%
となり、通知の質や条件によってこの基準を大きく上回るケース、下回るケースが確認されました。
特徴量ごとに比較した結果、以下の傾向が見られました。
(1)通知文言の長さ
通知の文字数をカウントし、0〜20文字 → 短文 、21〜60文字 → 中文 、61文字以上 → 長文に分類し、それぞれF2転換率を比較しました。
短文(Short)
- 開封F2率13.0%、詳細F2率19.1%とともに平均を上回る。
- 例:「💚特定の日⭐️300円OFFクーポン💚」
- シンプルで即時理解でき、効果が高い傾向。
中文(Medium)
- 開封F2率10.0%、詳細F2率18.3%で平均に近い。
- 例:「定期便なら手続き簡単❗️断然お得♪買い忘れ防止にも◎」
- 適度な情報量で安定した効果を示した。
長文(Long)
- 開封F2率8.9%、詳細F2率13.8%とともに平均を下回る。
- 例:「\もうご応募されましたか?/ 豪華賞品が当たる🎁Christmas Present Campaign🎅」
- 情報過多で理解しづらく、効果が低下する傾向。
上の表から短い文言ほど効果的であることが確認できました。特にスマートフォン通知の特性上、即座に理解できる「短文+明確な訴求」がF2転換に寄与していると考えられます。
(2)割引ワードの有無
通知文言に「%OFF」「割引」「クーポン」などの販促系キーワードが含まれているかを判定しました。 含まれる場合を「あり」、 含まれない場合を「なし」として分類し、それぞれF2転換率について比較しました。
割引ワードあり
- 開封F2率は9.6%と平均を下回り、詳細F2率は18.7%と平均並み。
- 例:「本日13時終了!!お得な【800円OFFクーポン】はもう使いましたか?」
- 割引で行動喚起はできるが、開封にはつながりにくい傾向が見られた。
割引ワードなし
- 開封F2率は11.5%と平均を上回り、詳細F2率は15.0%とやや低め。
- 例:「定期便なら手続き簡単❗️断然お得♪買い忘れ防止にも◎」
- 割引ではなくベネフィット訴求が開封につながる可能性を示した。
以上のことから、割引ワードは必ずしもF2率を押し上げるわけではなく、むしろ「割引なし」の方が開封率で優位に働く傾向が見られました。価格訴求一辺倒ではなく、文言の工夫によってユーザー行動を促せる可能性が示されました。
(3)時間帯
通知の配信時刻をもとに、朝(5:00〜11:59)、 昼(12:00〜17:59)、夜(18:00〜23:59)の3つに分類し、それぞれF2転換率について比較を行いました。
朝配信
- 開封F2率12.4%、詳細F2率29.6%といずれも平均を大きく上回る。
- 例:「☀️出勤前にチェック!今日のおすすめアイテム」
- 朝の行動前に通知が刺さり、最も効果的だった。
午後配信
- 開封F2率10.2%、詳細F2率18.0%で平均並み。
- 例:「午後のひとときにお得な情報をお届けします」
- ある程度効果はあるが、突出はしなかった。
夜配信
- 開封F2率6.7%、詳細F2率13.8%といずれも平均を下回る。
- 例:「🌙一日の終わりにクーポンをどうぞ」
- 夜は行動が起こりにくく、効果が低い傾向。
結果から分かる通り、配信のタイミングは大きな要因であり、特に「朝」が最も効果的であることが明らかになりました。ユーザーの生活リズムを意識した配信設計が重要だと考えられます。
(4)配信グループ
設定されていた配信条件に基づき、通知をA〜Gのグループに分類しました。
今回の分析対象にはB・Eグループの通知が含まれていなかったため、省略しています。
- A:クーポン期限切れリマインド
- C:通常定期便
- D:特定ブランドの定期便
- F:特定ブランドの常設キャンペーン
- G:特定の日
グループG
- 開封F2率10.2%、詳細F2率42.7%と突出して高い。
- 例:「💚特定の日⭐️300円OFFクーポン💚」
- 平均の2倍以上の成果を示し、効果的な配信条件を持っていた。
グループD
- 開封F2率5.1%、詳細F2率0.0%と極端に低い。
- 例:「アプリをひさしぶりに開いてみませんか?」
- 動機づけが弱く、改善余地が大きい。
表とグラフからわかるように、配信グループによる違いは顕著であり、対象の特性が成果に直結することが分かりました。設計そのものが通知効果に強く影響していると考えられます。
(5)分析結果のまとめ
今回の分析を通して、プッシュ通知の効果は「文言の工夫」「配信タイミング」に大きく依存することが明らかになりました。
- 短くシンプルな通知文言 は、ユーザーに即座に理解されやすく、開封・F2転換につながりやすい。
- 割引ワードは万能ではなく、むしろベネフィット訴求の方が開封率を高める場合がある。
- 朝の配信 は特に効果的で、ユーザーの生活リズムと通知のタイミングが成果に直結する。
- 配信グループごとの差 は非常に大きく、対象ユーザーの特性を踏まえた戦略設計が重要である。
つまり、「誰に・いつ・どんな内容で通知を届けるか」がF2転換率に直結しており、通知の質を高めることがユーザー体験改善や事業成長につながることが示されました。
まとめ
今回のインターンでは、アプリの成長指標であるF2転換率に着目し、プッシュ通知がどのように影響しているのかを分析しました。
その結果、通知の文言の長さ・割引ワードの有無・配信時間帯・配信グループといった条件によって、F2転換率に明確な差が生じることが分かりました。特に、短めの文言や夜の配信、そして一部のグループにおいては平均を大きく上回る成果が確認でき、通知の「質」が重要であることが示されました。
一方で、割引ワードの利用など「一見効果的に思える施策」が常に有効とは限らないことも分かり、文言や内容の工夫には慎重な検討が必要であると感じました。
また、ヤプリではインターン中に 「バトンランチ」 という取り組みがあり、他部署の方々とランチをしながらお話する機会をいただきました。普段接点の少ない部署の方とも交流でき、業務だけでなく会社の雰囲気や文化についても理解を深められたのは、とても貴重な経験でした。
今回の分析を通じて、プッシュ通知は単なる数値の検証ではなく、ユーザー体験の向上と事業成長をつなぐ重要な要素であることを実感しました。短期間ながら実務データを扱い、部署を越えて議論をしながら学びを深められた経験は、自分にとって大きな財産になりました。